病気の経過と在宅酸素療法 caneアイコン

いろんな病気がもとで肺高血圧症(PH)になっている方がいらっしゃると思います。
でも皆さん抱えているしんどさや、悩みは近いものがあるのではないでしょうか?
一人で悩まないでみんなで語り合いませんか?
沢山のPHの方とお知り合いになれたらいいなあ、いろんなこと語り合いたいなあ
そういう思いもあってホームページを立ち上げました。
お蔭様で’07年5月PH掲示板仲間で、夢だったオフ会を開くことができました。
これを機にますます沢山の方と交流できたら嬉しく思います。

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私の病歴

1.初診

父親の仕事の都合で南米はペルーの3000mを越える高地ワンカイヨにて生まれる。3歳のとき風邪を引いてペルーの町医者で心雑音を指摘、日本の大学病院にて心臓カテーテル、 原発性肺高血圧症の疑いと診断を受け、20歳までは生きられないかもといわれる。

2.学校時代

病院と離れる。毎日20分位?の距離を兄妹と歩いて通学。マラソンや激しい運動は見学。 何でも挑戦したい性格なので体育も出来るものはやっていた。
思春期はチアノーゼがあったこと、病気のことが言えないために自分に自身が持てず暗かった。

3.20歳〜30歳ごろ

20歳で国立循環器病センターに通い始める。PPHと診断確定。手術、治療の望みは絶たれる。
週4日位の仕事をこなす。心不全発作を起こし、投薬治療が始まる。月一度の通院。

4.結婚、離婚

33歳で結婚後無理と海外旅行の長時間飛行が原因か?喀血発作に見舞われる。
そのときから在宅酸素療法(できるだけ24H、3L)と投薬。
薬はドルナー(一日2錠)、ジゴキシン、ラシックス、スローK、腸の薬、
精神的にもうつ傾向となり、不眠、睡眠導入剤も服用。
脈拍が遅く血圧が低いため?ドルナーの副作用(気分が悪くなる)が強く
一日8錠試したこともあるが挫折、色々な新薬に期待する。

その後私の両親の相次ぐ病と死に、
私自身の心身状態が悪くなり離婚。
現在兄と二人暮し。新たな一歩を踏み出そうとしているところ。
兄からの独立、自立を目指しているが経済的に難しい。

月20時間の家事援助サービスを受けて生活。
電動車椅子を補装具として支給される。

また音楽フォルクローレと出会い、仲間と演奏できることが
精神的安定のためにひいては身体の元気にも大きな役割を果たしている。

5.片頭痛

中学生頃から良く出現する症状が片頭痛という病気であることが判明。
何かのきっかけで脳の血管が収縮し目がチカチカしたり視野が狭く暗くなったりする
前兆症状の後、反動で脳の血管が開き頭痛と吐き気、気分の悪さが続く。
心臓には悪影響があるらしいが、症状のきつい時はカフェルゴットという
片頭痛専用の薬を試してみることになる。
それまでは症状が2,3日続き寝込んだが薬を飲むと半日ほどで治まるようになる。

6.タダラフィル治験に参加

'07年4月末
新たな一歩のため、入院、カテの負担で保留を続けてきた新薬の治験を決意。
私の病状で主治医のお奨めであるタダラフィルに参加。
最初は副作用がきつかったが現在はほとんどなくなった。
薬開始前の検査結果は、9年前に比べて肺動脈圧はほぼ横ばいだが
血中酸素濃度が低くなっており悪化傾向との事。
新薬で肺動脈圧が下がり、穴からの逆流が減れば酸素濃度改善が望める。

長期治験移行のためのカテーテル検査により
肺動脈圧が下がり、酸素濃度が改善されるという良い結果が得られる。
自覚症状もかなり良く、手足の冷たさが軽減されている。
心拍出量が下がっているのだけが気になるところ。

08年6月11日 記

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次は私の愛車(電動車椅子)の紹介です

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